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1991.春その5

日本大使館秘書の運転手、彼の名前はカリガ。
命からがら逃げてきた俺たちはたくさんの話もした。悲しい思いも
したし一緒にハグもした。
ここへきてやっと、I`m Kariga, Haw are you! I`m Nao!である。
そんなホットしたひと時を過ごすまもなく、カリガにはあまり長居をされては困ると悪いが思ってしまった。。。
シャワーを浴びたすぐ後だと言うのにもの凄いにおい、、、俺はこれまでタイやインド、アフリカ諸国といろいろな人と出会いハグもしてきた。そんな体臭など気にもした事がない、、、俺も人の事などいえず、以前美香から(尾茂くん、ワッキーだよね!)なんて言われた事があった。むしろ動物的な本能で親密感がわき女性の場合などは逆に興奮してよくおいたをしてしまったりしていた。人間も動物、、、しかし、、、カリガは今までの中で最高に強烈なワキガだった。ビールで少し気持ちよくなってついでにベッドで休ませてくれなんて言われたら、、、
こんな久々に綺麗なシーツで眠れると思ったのにとんでもない話。
もう当分、ベッドメーキングなどしてくれないであろう、このホテルでまた眠れない夜を過ごすのはごめんだった。
Are you fine? May be,you have same work,,,
日本人ならその場の空気を読んでにこやかに退散するだろう、、、
だがやつは、、、ゲー!!そんな事を言う前にすでにベッドの端に
腰掛けていた。俺はとっさに(1Fロビーにコーヒーでも飲みに行こー)
とカリガを誘った。(こんな時、コーヒーショップなどやっていないだろう)と彼は言ったがとにかく二人で部屋を出たかった俺は強引に1Fロビーへと向かった。
フロントカウンターの横から入った所にコーヒーショップはあった。
中はすでにいろいろなジャーナリストやテレビ関係者でごったがいし
ミーテイングルーム化していた。いつもとは違ってウエイターなどはいなかったが、ビュッフェ形式になっており、勝手にみんなコーヒーを飲んでいる、、、俺たちも隅の席に腰を下ろし、コーヒーを二つ彼にも持ってきてあげた。Thank you!カリガはすこぶる機嫌がよく回りをキョロキョロ見渡していた。その中の一人と目が合った瞬間、
さっと立ち上がって、(アムセッキナド!How are you!)親しく挨拶をかわしエチオピア語?で話し始めた。どうやら知り合いの地元のジャーナリストらしい、、、一緒の席についた二人はさっきあった事を興奮して話している。そして俺がなぜここにいるのかも話している事はすぐわかった。しかしエチオピア語なのでそれがよく言っているのか悪く言っているのかはわからない、、、俺はニコニコしてあいづちを打っているしかなかった。まったくお馬鹿な俺、、、
(こいつさー、こんな時にさー、トランジットでアデイスに来ちゃってさー、、、)こんな事でも話していたら、、、
彼は今度はゆうちょうな英語で(明日、カリガと家に昼飯食べにこないか?)って、、、(エチオピア料理をご馳走してやるよ!)と
言ってくれた。いやいや、やっぱりこいつらいいやつだ!!
明日、12時ロビーで待ち合わせすることにして彼ら二人と別れ俺は部屋へ戻った。
もう夕暮れ、、、部屋の大きな窓からは夕日が沈むのが真っ赤に見える。外は怖いくらい静まり返っていた。
プレスからはエチオピア人民主義戦線からの声明文が各部屋に配られた。
夜八時以降は外に出ないこと。もし、外出した場合命は保障できない。、、、と、、、
戒厳令がしかれ、いよいよ緊迫感がつのってきたのだった。

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