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1991.春 その13

泣きたくない時、目頭が熱くなったら、天を向いて思いっきり深呼吸するのがいい、、、
思いっきり空気をすってゆっくりはく、、、5,6秒位、、、こんなホンの一瞬が時として大きくかえってきたりする。そんな余裕もなく、時間をお金や自分のエゴでびっしり埋めたって、世間は冷たく世知辛い、、、
愛だと言ったってそれはにせもの、、、
優しさと言ったってそれはその裏にあるしたたかさ、、、
そのうちすべてを失い、ニュートラルな自分さえも見失う、、、
やがて涙も消えうせて、泣く事さえも忘れてしまう、、、気づかずうちに、、、

日本は桜も散り、青い芽を出し始め、つゆの時期に入ったのだろう、、、もう6月。
つゆと同じく俺の頭の中は日本の事を思い出し、じめじめと憂鬱でベッドに入ってもあまり寝付けず、いつもうたた寝だった。
ドゴオ~ン! 今まで聞いた事のないような大きな爆発音とともに俺は寝ていたベッドから床にたたきつけられた。日もまだ昇っていないうっすらと明るくなりかけた空の中、、、
何かが違う、、、まだ目はさめあらず、寝ぼけぎみな俺は、目をこすりながら周りを見渡した。ガラスの破片が飛び散り、閉めていたはずの窓はなく、風がスーと入ってくる、、、寒い、、、部屋に何か打ち込まれたのだろうか?、、、恐る恐るベッドのはじから頭を上に出し窓の方を見た。窓ガラスはすべて吹き飛び、カーテンは巻き上がり吹き込む風で小刻みにゆれている、、、その遠い向こうにはまだ真っ赤に立ち上る大きな火柱ときのこ雲、、、
ホテルから南西に2キロ行った所の弾薬庫が何者かによって爆破された。立ち上るきのこ雲は俺の記憶の中では広島に落とされたあの原爆の映像のようで、確かにそれとはもちろん小さいがきのこ雲ができる位の爆発で2キロも離れていると言うのにホテルの南側の窓ガラスがみごとに全部吹き飛んだ。俺はベッドに散らばっているガラスの破片に気をつけながら這い上がろうとした瞬間、二度目の爆発、、、ドゴオ~ン! 一瞬目がくらむ位の発雷光のような真っ白い光に火柱が上がり、ゆっくりときのこ雲が空に上っていく、、、
今度は俺の目でその様をはっきりと見た。それは今までどこの国でも、想像の世界でも、考えもつかない光景が窓ガラスのない、空気の層しかない、何も遮る物はない2キロ先の
俺の目の前で起こっている、、、ワア~、、、起き上がろうとした俺はまたベッドの下に飛ばされた。ものすごい爆風、窓ガラスはなくまともにそれをうけてしまった。俺はとっさにうつ伏せに顔を伏せた。窓ガラスサッシのすみに残っていたガラスの破片もこの爆風で飛び、巻き上がったカーテンもあおられ、爆風が去り行くとともに静かに元通りに垂れ下がり落ち着いた。衝撃的爆音と凄まじい爆風、、、それにもまして終わった後は不思議な位の静けさと開放感に似た感覚に、脱力感だけが残る、、、以前、オーストラリアで3000m上空からものすごいごう音の中、パラシュート降下した時、パラシュートが開いた瞬間広がる静寂した世界にもよく似ている。
放心状態になっている時、(ドンドンドン!)ドアをたたく音で俺は我にかえった。渡辺さんが何事かと俺の部屋へやってきた。俺はそっと靴を取り逆さまにしてかかとあたりをたたき中に入っているガラスの破片を丁寧に取ると、恐る恐る履いてドアを開けた。渡辺さんは部屋の中を見て驚いた。(尾茂さん、大丈夫ですか?)部屋の中は泥棒に荒らされたようにめちゃくちゃでガラスの破片やら、机の上の書類やら、スーツケースの中の洋服やらがぶちまかれていた。ようやく、初めてその全貌をまざまざ見た俺自身も、よくこの中で無傷でいられたのかが不思議な位で、驚きぞっとした。爆発の瞬間、ベッドの下へ飛ばされ落ちたのが幸いしたのだろう、、、
ド~ン!ド~ン!俺たちは肩をすくめて外の方に目をやった。二度三度また弾薬庫は爆発した。今度は一度目、二度目の爆発よりかなり小さめで爆風までは来なかった。(すごいですね~、、、たぶん、社会国家主義政権の残党の奴らの仕業ですよ!)渡辺さんのこの場での冷静な言葉はやはりジャーナリストだ!(尾茂さん、貴重品だけ持って下にいきましょう!もう、この部屋は使えない、、、朝飯でも食べましょう!)いやに明るい、、、
人間は恐怖だとか、現実だとか、夢だとか、、、
その中にいると客観的には判断できない。
ただ、生きるだけ、、、生き抜く事だけは忘れないもの、、、
それ以外のものは見えなくなる、、、見る必要もない、、、

考える事はみな一緒だ。ぞろぞろとみんな廊下に出てきて下へと向かう、、、エレベーターは一杯で非常階段で下に向かうものもいた。運よくと言うか強引に俺たちはエレベーターに乗って下に降りて来てあきあきしたいつものカフェレストランに入った。相変わらずビュッフェ形式で適当にあるものを取って、煮立った苦いコーヒーをよそう、、、食べ物はクーデターが始まってから物資が入らず、ホテルの在庫ももう底をついたらしい。まばらなソーセージとエチオピアの主食のインジャラだけ、、、これでも尚エクストラチャージを取るのだろうか?このホテル、、、もう、どうでもいい、、、俺の常識、他の常識、、、ここには何もない、、、
ここからはホテルロビーを経て、正面玄関がよく見える。ガラスの回転ドアでその向こうには車付けがある広いパルテ、、、そこにあわただしく白いカローラライトバンが走って来て縁石に乗り上げ、急に止まった。ステイーブのバンだ!ただ事ではない事は様子ですぐわかった。一斉に四つのドアが開き、四人出てきてあわてて後ろのハッチバックを開けた。
そこにはステイーブの姿はなかった。ハッチバックから四人で出されたものは毛布に包まれたタンカで、そこにはもちろん人が一人いた。四人は何かギャーギャー言いながら足でドアを蹴飛ばして開け、中に入ってきた。毛布で包まれたタンカからは血みどろになった腕が一本、垂れ下がっていた。あの弾薬庫の爆破で誰か負傷したのだろうか?、、、
俺は別段、不思議がらず、こんな光景に気にも留めなかった。それより今さっき、凄まじい爆風に飛ばされた俺の頭はクラクラで、他人がギャーギャー言ったところで自分がギャーギャー言っている方で、苦いコーヒーにインジャラをひたして食べるのが精一杯だ。
それにあのガラスをかたずけたところで窓ガラスがないあの部屋では寝れやしないと、今晩の寝床の心配をしていた。
人は気づかずうちにその環境に同化し、気づかずうちにその環境の常識をつくり、気づかずうちにそれがすべてだと思い、時に人を傷つけたりもする、、、

あのタンカで運ばれて来た血みどろの一本の腕は、ステイーブだった。
ステイーブは死んだ。
弾薬庫が爆破される情報を得たステイーブはいち早く現場に到着してスクープしようとしたらしい。しかし爆発は思いもよらず大きかった、、、大きすぎた、、、2キロも離れたこのホテルの窓ガラスさえも吹き飛んだ位だ!近距離にいたステイーブはひとたまりもない、、、
重いテレビカメラを肩に抱えたステイーブを襲った爆風はステイーブを吹き飛ばし、重いカメラを彼の右腕ごともぎちぎって吹き飛ばした。
二人であの夜、ゲラゲラ笑って遊んだあの思い出も、、、二人で語った、あの事も、、、
あの朝、起こった弾薬庫の爆発で一瞬に、爆風に吹き飛ばされ消えた、、、
だんだんと日々が過ぎ、、、
お金だの、、、
会社だの、、、
家族だの、、、
女だの、、、
目の前の現実だけが俺の頭の中に積み重なり、順番に前の事から自動消去されていくようで、、、
だが何故か悲しくもなければ、寂しくもない、、、
涙もあの爆風に吹き飛ばされたようで、、、
早く、このアデイスから飛び立ちたかった、、、それだけが、本当の望み、、、

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