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1991.春 その12

あのホテルの前の地面に残された血のあとは黒くしみの様に大きく広がっていたがやがて何にもなかった様に砂利や砂に打ち消されなくなり消えた。
しかし俺の頭の中にのこった真っ赤に染み渡るあの血の海は強烈に鮮明で、匂いさえも漂わせ、俺の脳裏に焼きついて離れない。赤くて、、、黒くて、、、ドロドロとして、、、
社会主義国家はあえなく幕を閉じ、民主主義国家エチオピアが誕生し、道には人々や車がいつものように行きかう、、、あの、戦慄のあった上にも、、、
そんな日、アデイスの空はいつもよりいやに晴れ晴れしい、、、
あれから何日たったのだろう?、、、俺には何の意味もない日々が淡々とつづき、部屋には何の意味もなく浪費されたホテルの請求書が確実に届くだけ、、、その請求書を見て俺は驚いた。部屋代、食事代の後にエクストラチャージなるものがその代金の50%つけられている、、、通常つけられるサービスチャージにTAXだってこんな戦下の中、どこに払われるのかわからないTAXなんてものも信じられない位なのに、エクストラチャージ50%は何なんだ!!俺はフロントに抗議をしに一目散に向かった。フロントには今まで何もなかった様に4人のホテルマンが澄ました顔をしていた。(これは一体何なんだ!)俺はいきなり興奮して言った。そんな俺にはお構いなしにホテルの奴は澄まして、(戦争チャージだ!!)と、、、冗談じゃない!!!俺たちは泊りたくもないこのホテルにカンズメになり、ろくな食事やサービスも受けてやしない、、、それにベットメイキングも一度だって来やしない、、、俺は尚興奮した。奴の説明によれば、このクーデターでたくさんの木やさく、ガラスが壊され、その修復にたくさんのお金がかかり、お客様から50%のエクストラチャージを頂いてもまだ足りない、と、、、すごくもっともらしい回答に、俺も少しはさくを壊している事で後ろめたい気持ちに、一度は気が引けたがそんなのこいつらにわかるはずもなく関係ない!!俺はまた興奮して(ふざけるな!お客の俺にそんなの関係ないだろ!!払うものか!!!)と言い放つと請求書をたたきつけてフロントを去った。
だいいち、そんな高いホテル代払う金は俺にはもうなかった、、、
そんなどうしようもない毎日を淡々とホテルのプールで過ごすしかなかった。いつ空港が開くのかわからず、それにエアチケットだってボンベイでデイスカウントで買ったもの、使えるかすらわからない、、、
プールサイドにはどこにこんな人達がいたのだろうと思う位、いろんな国の人々が本を読んだり寝そべったりしている、、、どこへ行く事もできない今、無理もない、、、
俺はいつも持ち歩いているトランクス型の海水パンツで日光浴をしていた。トランクス型の海水パンツはパジャマがわりになるのでかかさない、、、以前、ホテルで真っ裸で寝ていたらばい菌が入ったのか、尿道炎になった事があるのでそれ以来ずっと、、、
ここであんな死闘が繰り返されたとは嘘のよう、、、みんなのんびりと思い思いにくつろいでいる。そんな中、いろいろな国の言葉が行きかう、、、俺は何か心地よい言葉の響きに耳を傾けた。懐かしく、何かすんなりと心になじむ、、、スペイン語、、、スペインから来たのだろうか、無邪気な小学生位の子が親とじゃれあっている、、、ああ、、、
俺の誕生日一緒に祝うはずだったアニンとはあれから連絡を取ってない、、、いや、取れなかった。どうしているだろう?、、、これから俺はボコタに行けるだろうか?
いつ飛行機が飛んでもすぐにでもそれに乗りコロンビア、ボコタへ、、、アニンの待つボコタに帰りたい、、、
しかし俺には金がない、、、たとえ金を取りに日本に帰ったところで三ヶ月も四ヶ月も今まで音信不通で会社などどうなっているのか、、、いや、あの支払い、、、あの支払い、、、待っているのは山と積まれた請求書、、、路頭に迷う社員だけ、、、いっそこのまま逃げてしまおうか?、、、
お金のないままボコタに行ってもアニンは俺をいつものように向かえ入れてくれるだろうか?、、、何なんだ!、、、俺はお金でアニンを買った訳ではない!何より愛していた、、、
アニンには実は9歳の娘がいた。俺の子供ではないがエレメンタリースクールの学費もちゃんと払っていた。住まいであるレジデンシャルテケンダマのペントハウスだって、二人をボコタでは何不自由なく生活させていた。二人を何より愛している、、、それがこんな事で金がないまるごしで帰って来たからといって、冷たくあしらうのか?、、、そういえばお互いの生活の事や生き方など真剣に話した事はない、、、考えた事すら初めて、、、
自分で、、、自分自身で追い詰められる、、、
何不自由ない生活をさせていたのに、、、
ほしいものなんでも買ってあげたのに、、、
愛しているなんてささやいていたのに、、、のに、のに、のに、、、
結局、自分のため、自分自身のため、自分のエゴのため、相手の気持ちなど考えてもいなかったにちがいない、、、
そして、、、日本の美香の元へ帰るのか、、、
なにくわぬ顔して、あたりまえの顔して、甘えた顔して帰るのか、、、
なんて自分は醜く、身勝手な男なのか、、、
人に意見などとんでもなく、愛するなんて資格はなく、愛される価値はない、、、

ブエノスデイヤス!コモエスタ、ビエン?ムーチョグスト!
俺は、精一杯の笑顔で子供に声をかけた、、、目は赤かった、、、

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